「趣味は何ですか」と聞かれると、最近は「山登りです」と答えています。コロナ禍の中、3密を避けるために山登りをする方も多くなったようですが、私はそのちょっと前からマイブームになっていました。昨年もいくつかの山を登りましたが、石狩市浜益にある黄金山(こがねやま)が印象に残っています。国道231号線を札幌から車で北上すること1時間半余り、山間から海岸線に出て浜益の市街地に入ったときに、山側に目を向けると富士山のような円錐形の特徴のある山が見えてきます。標高は800メートルにも満たない山ですが、その登山コースは、急登あり、ロープあり、鎖場ありのアスレチック感のあるものでした。山頂前のサブピークは両側が切り立った崖になっていて、スリル満点で足がすくんでしまいました。

 いつだったか忘れてしまいましたが、おたる水族館のある祝津からオタモイまでの小樽海岸自然探勝路を歩いたとき、小樽赤岩でロッククライミングをしている方が結構いて、海沿いの岩の壁を下から果敢に登ってくる姿はそれだけで驚くばかりでした。

 クライマーと言えば、札幌の映画館ではすでに終了してしまい見逃してしまいましたが、年末年始に「人生クライマー」*1という映画が公開されていました。主人公の山野井泰史さんは数々の登攀登山についての功績が評価されて2021年にピオレドール生涯功労賞*2を受賞された世界的な登山家の一人です。この映画はヒマラヤ・マカル―西壁を単独で挑んだドキュメンタリーですが、クライミング歴の中では全てがうまくいったわけではなく、登頂したにもかかわらず、下山中にアクシデントに見舞われたこともあったようです。これは、作家の沢木耕太郎さんの「凍」*3という小説に詳しく記されています。想像を絶するほぼ垂直に近い壁を登るだけではなく、下山中にアクシデントが襲い、命からがら下山してきた様子が小説には記されています。下山途中に置いてきた登山道具を、数年後に再び取りに行く場面では、沢木さんも同行したと「凍」の解説に書かれていました。

 その沢木さんが、先日、NHKのクローズアップ現代に出演され*4、第2次世界大戦末期に旧日本軍の密偵として中国の西域の奥深くを潜入した西川一三さんのその旅の行程とその後の人生を描いた「天路の旅人」*5を25年かけて執筆しやっと出版できたという話や、沢木さんに魅せられた方々のインタービューを聞いているうちに、再び「深夜特急」*6を読み返してみようと思いました。

 私が沢木さんの小説に出会ったのはこの深夜特急です。文庫本の初版が1994年でしたので、私は29歳の時になります。深夜特急は、沢木さんが26歳の時に、実際にユーラシア大陸をインドのデリーからイギリスのロンドンまで乗り合いバスで移動した物語ですが、この本を読んだ方の中に、実際にバックパッカーとして世界を旅した方も少なからずいたようです。私は羨望の気持ちをもって6冊にもおよぶ文庫本を、実際に旅をされた沢木さんと、いろいろなことに一歩を踏み出せなかった自分とを対比させながら、これまで何度も読み返してきました。

 この本を読んでいつも思うのは、目の前にそのチャンスがあったにもかかわらず、なぜ一歩踏み出さなかったのか、なぜやらなかったのかという後悔のことです。様々な機会があったにもかかわらず、それらをやり過ごしてきてしまった今、やらないで後悔するよりもやって後悔する方がいいと真に思っています。

 3月1日の卒業証書授与式が近づいてきました。卒業生の皆さんは、6年間、本校で様々なことにチャレンジしてきました。しかし、中には一歩踏み出せなかったという人もいたかもしれません。直近の3年間は、コロナ禍の中、様々なことを自粛しなければならない状況でしたが、ぜひ、次のステージでは、勇気をもって様々なことにチャレンジしてほしいと思います。

 最後に、クローズアップ現代で沢木さんがおっしゃっていた、とても印象に残っている言葉を卒業生の皆さんへ送ります。

 
 ― 気をつけて、でも恐れずに ―

 

*1 「人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版」製作:2022年、配給:KADOKAWA、監督:武石浩明
*2 長年にわたりアルパインクライミング界で目覚ましい活躍を見せ、その業績が後世のアルピニストたちに多大な影響を与えた人に贈られる(ヤマケイオンラインのHPより)
*3 単行本2005年9月発行、新潮社
*4 2023年1月10日(火)放送
*5 単行本2022年10月発行、新潮社
*6 単行本第1便及び第2便1986年5月発行、第3便1992年10月25日発行、ともに新潮社。文庫本は1994年発行、新潮社。
 
令和5年(2023年)1月24日
  校長 宮田 佳幸