先日、本校5年次生の小野寺拓真さんのピアノリサイタルがありました。小野寺さんは今年4月にCD「start」でメジャーデビューをしました。その後、国内の三大国際ピアノコンクールの一つである仙台国際音楽コンクールのピアノ部門において、国内外の音楽大学出身の方々に交じって演奏をし、セミファイナルまで進むほどの実力の持ち主です。リサイタルでは3曲の演奏がありましたが、どの曲も魂が込められた演奏で、これから年齢を重ねていき、様々な経験を経て、音にさらなる深みが増していくのではないかと、音楽鑑賞を楽しみにしている一般市民として、今後の活躍を楽しみにしているところです。

 ピアノの音を聞くといつも思うのですが、どうして鍵盤を指で弾くだけでどうしてあのような音になるのでしょうか。ちょっと調べてみました。図がなくて申し訳ありませんが、指が鍵盤を押した力がアクションという部分に伝わり、その力がてこの原理で増大してハンマーに伝わります。弦はそのハンマーに打たれて振動し、その振動は弦と響板をつないでいる駒を通じて響板に伝わり、響板が音を大きくしています*1

 10日ほど前の話ですが、NHKの朝のニュースでグランドピアノの響板について放送されていました*2。たまたまそれを見ていましたら、響板を製作している会社は北海道遠軽町の丸瀬布地区にある北見木材株式会社で、ヤマハのピアノの響板は全てこの会社が製作しているとのことでした。響板の生産については、国内のシェアが70%を超え、世界シェアも16%を占めているそうです*3。この丸瀬布地区はかつて丸瀬布村、丸瀬布町として林業で栄えたところで、丸瀬布森林公園いこいの森に、木材を運搬に利用した蒸気機関車が今も観光列車として動態保存されています。雨宮21号という蒸気機関車を御存じの方も多いのではないでしょうか。

 弦の振動を豊かな響きに変える、ピアノの心臓部ともいえる響板は、昔は丸瀬布のアカエゾマツの木で響板を作っていたものの、戦後の復興のために伐採してしまい、現在は、輸入した木材を使って製作されているそうです。将来的にはこの森の木材で響板を作りたいと、社員の方は語っていました。

 日本製の響板を制作するために、会社では、アカエゾマツの苗木を植える活動をはじめたそうですが、そのアカエゾマツが響板としての役割を担えるのは100年後とのことだそうです。未来のために木を植えるのですが、自らがその木が響板になることを見届けることはできず、次の世代以降のために木を植えるとのことです。こんな話も耳にしたことがあります。 宮大工の方は、塔を建てるときに念頭に置いている単位は300年だそうです。300年後、解体修理する宮大工に、今の技術を伝えたい。そのために、宮大工は毎日技術を磨くのだそうです。

 未来のために木を植えるということは、教育にも通じるものです。未来の日本や世界で活躍するのは、まさしく、現在の若者です。彼らが年齢を重ねていったときに、様々な考えをもつ人たちと議論を重ね、よりよい社会を作っていけるように、今の教育があり、学校の教育活動があると考えます。それは、例えば、大学への進学実績だけが学校の価値ではなく、どう人間性を高め、社会に貢献していくかということにこそ価値があるのではないでしょうか。

 京セラやKDDIを創業され、日本航空を再建された故稲森和夫さんの著書に「人生の目的は人間性を高めること。働く目的はその自分の人間性を高めること。」という言葉が残されています*4

 学校の役割は、生徒を次のステージに送り出すことだけではなく、彼らのその後の様々な経験の中でたくましく生きていける力を培うことではないかと思います。学校の教育力が現れるのは、10年後、20年後、30年後になるかもしれません。目先の結果だけを追うのではなく、その先に続く様々なことを考えながら、今日も学校で授業が行われています。

*1 ビジュアルで楽しむピアノの世界 2007年 那須田務監修 株式会社学習研究社 

*2 令和4年10月26日(金)放送 NHKニュースおはよう日本

*3 遠軽町商工観光課が運営する「えんがる歴史物語」のホームページより

*4 完本哲学への回帰 2010年 稲盛和夫・梅原猛共著 PHP出版

令和4年(2022年)11月7日
校長  宮田 佳幸